nakano:

ljmp:

jinakanishi:

pinto:

ak47:

maicos:

zoker:

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“usmcasiwakuni (5 months ago) Show Hide
村田先生とハワイからの飛行機で一緒でした。スチューワデスが帰国書類か何かと配り
その書類の欄に、Sex、便、を記入するのですが先生は隣のマネ ージャらしき人に、
Sexは週3回、便は下痢と言っておられました。人物の大きさを 感じいり早速先生の
大全集をレーコド屋で買いました。
先生は偉大な人物です。”

YouTube - 人生劇場 『Jinsei Gekijou』~ 村田英雄 【Murata Hideo】

Youtubeにある村田英雄の人生劇場に対してのコメントである。

これはよくある都市伝説のひとつ。

(via kashino)

フランスの人類学者クロード・レヴィ=ストロースが死去、100歳 -bookニュース:CINRA.NET

suyhnc:

railroad23:

フランスの社会人類学者・思想家のクロード・レヴィ=ストロースが、10月30日に死去した。享年100歳。親族による密葬後、関係者がAFP通信に語ったという。死因は明らかにされていない。

クロード・レヴィ=ストロースは1908年にベルギーで生まれ、コレージュ・ド・フランスの社会人類学講座を1984年まで担当。アメリカ先住民をはじめ数多くの民族を研究、現代思想のひとつである「構造主義」の祖と呼ばれていた。

昨年の11月28日に迎えた100歳の誕生日では、フランスで行われた記念行事とあわせ、政府からフランスで活動する人文社会科学者を対象とする「レヴィ=ストロース賞」の創設が発表されていた。

フランスの人類学者クロード・レヴィ=ストロースが死去、100歳 -bookニュース:CINRA.NET

“レヴィ=ストロースとともにフランスの知性が世界に君臨していた時代が完全に終わった。
同世代の知識人たちはもうみんな亡くなっている。
アルベール・カミュ、ジャン=ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、モーリス・メルロー=ポンティ、モーリス・ブランショ、ジョルジュ・バタイユ、ジャック・ラカン、ミシェル・フーコー、ロラン・バルト、レイモン・アロン、エマニュエル・レヴィナス・・・
この人たちがほんとうに狭い知的サークルにひしめいていたのである。
ナチスの占領下のパリでパブロ・ピカソの戯曲『尻尾をつかまれた欲望』の上演会がミシェル・レリスの家で行われたことがあった。
演出はカミュ。ボーヴォワール、ドラ・マールらがこの豪華な文士劇に出演した。上演後、脚本家、プロデューサー、演出家を取り巻いて俳優たち観客たち(ジャン・ルイ・バロー、シルヴィア・バタイユ、ジャック・ラカンら)が記念写真に収まっている。
彼らはその場にいた知的・芸術的エリートたちがそれぞれどんな仕事をしているのか、よくは知らなかった。
けれども、自分たちがナチス占領下のフランスに残された「最後の知的・倫理的希望」だということはするどく自覚していたはずである。
そういう知的・倫理的負託感というものを私たちはうまく想像することができない。
私たちの国にはそういう意味での「エリート」というものが存在しないからである。
もちろん権力や威信や文化資本を潤沢に享受している人々はいる。才能のある人々もいる。努力して高い社会的地位を得た人もいる。
けれども、彼ら単に優越していることを言祝ぐだけで、おのれの「優越性」を「世界を知的・倫理的に領導する責務」として重く受け止めるというようなことは思いもしない。
20世紀フランスの知的エリートたちは「自分たちがフランスの知性の精髄」だという自覚を持っていた。自分の個人的な営為の成果がそのままフランスの知的威信と、フランスが世界に差し出す「知的贈り物」のクオリティに直結するということを自覚していた。
私の知的達成がフランスの知性の最高水準を決するのだという壮絶な自負と緊張感をもって彼らはそれぞれの仕事をしていたのである。
ボーヴォワールとメルロー=ポンティとレヴィ=ストロースはアグレガシオン(哲学教授試験)の同期だった(サルトルは一回落ちたので、一年後輩)。
「アグレガシオンの同期」というのがどういう感じなのか私には想像もつかないけれど、お互いにどの程度の知的ポテンシャルをもった人間であるかについては、おそらくきわめて正確な相互評価をしていたはずである。
その試験のとき、私の想像では、ボーヴォワールとメルロー=ポンティとサルトルは「つるんで」いた。
試験のあいまに近くのカフェでちょっと休憩とかしているときに、「はは、楽勝だったねえ、さっきの試験」「オレ、時間あまっちゃったから、裏まで書いちゃったよ」などと声高に語って、まわりの受験生たちを怯えさせていた(そんなにせこくないか)。
でも、パリ大学出(ということは二流大学出ということである)レヴィ=ストロースはこのエコール・ノルマル組からある種の「排他性」と「威圧感」を感じたはずである。
たぶん「世界でいちばん頭がいいのって、やっぱオレだろう」という自負をもっていたレヴィ=ストロース青年にとって、パリのブルジョワ的な鷹揚さは許しがたいものに映ったのである。
片隅でまずいコーヒーを啜りながら、レヴィ=ストロース青年は「お前ら、いまのうちにたっぷり笑っとけや。いつかその坊っちゃん嬢ちゃん面に泣きみせたるわ」と思ったのである(全部、私の想像ですけど)。
そんな気がする。
とにかく、アグレガシオンの試験が1930年前後で、レヴィ=ストロースがサルトルの世界的覇権に引導を渡したのが1962年『野生の思考』においてのことであったから、ざっと30年かけて、レヴィ=ストロースは「そのとき」の試験会場で高笑いしていたパリのブルジョワ秀才たちに壮絶な報復を果たしたのであった。
すごい話である。
自己史がそのまま哲学史であるような一種の幸福な自己肥大の中に生きた青年たち。
このような知的エリートを生み出す社会的基盤はもう存在しない。フランスにも、アメリカにも、どこにも存在しない。
そういう意味でも、ひとつの時代が終わったのである。”
xtc:

kenmat:

pjmix:

Cours du soir
(via thebyronichero)
“昔、岸田今日子と麻雀をしたタモさんは、
彼女に「・・・ロン」と言われると、
本気で恐かったと言っていました。”
florencio:

Daily Afternoon Randomness (20 Photos)